2008.11/22(Sat)~11/27(Thu)
■出品作家: 足立純子・入江康子・小倉伸夫・岸本章・坂野眞人・角護 谷繁淳子・寺島節朗・山本惠三・中尾廣太郎(事務局)
「ヴュVue」の英語や仏語は「視覚」「考察」、あるいは見解・意図を表す。それを片仮名と外国語でダブらせたのは、各メンバーが独自の「視点」で集合し、互いを刺激して「新しい可能性と発見で、精神性の高い作品」を目指すことを意味する。なんとも凝ったグループ名は、先年解消した「鳥取ミストラル」展を継ぐものであろう。
第一回展の出品は、鳥取県内の三十代から七十代まで、所属は行動・独立などの在野と日展系を含む幅広い十人。ただし抽象は一点、人物・静物が大半で風景も若干。8号までの小品に限定したのは、まず気負わずにスタートというところか。
抽象の足立純子は『ひらがな遊行』。仮名の題名は山本兼文の量感をそいだ逆説的彫刻『か行』を想起させるが、絵画は平面に空間や奥行きを呼び込むのがポイント。暖寒交錯の配色がとストロークで、仮名を母体とした動性が生まれた。「いろは歌を唱えて制作する」とは、むべなるかな。
静物は、瀟洒(しょうしゃ)で洗練された薫りの入江康子は『シンビジウム』、静かに内面をのぞく静謐(せいひつ)な坂野眞人『パンジー』、鮮烈な赤が釈迦(しゃか)の聖血という伝説にふさわしい山本惠三『カンナ』。花の美しさを風俗的に写すのではなく、各自の心情を込めた描写と細やかな筆触で、激しくも清らかな内奥を探る。
人物は、岸本章の長年のテーマ『鮫(さめ)と少年』が、水揚げされた獰猛(どうもう)な巨体と、ものおじしない子どもを対比させてたくましくも愉快。意味深長なのが複線で顔をダブらせたエスプリの角護『Look(眼差(まなざ)し)』。重層的な視点はグループ名にふさわしく、行方の定まらない現代の表徴といえよう。
谷繁淳子のもの思いふけるうつむきの『裸婦』像は、端正な描写で繊細な内省的情感を伝える。ただ真横のポーズは、工夫しないと単調になり難しいところだ。中尾廣太郎『紙風船』はライフワークの道化師シリーズ。二十代からテーマを追って三十年、年輪を加え、感情を抑えた滋味ある風ぼうとなった。
小倉伸夫『冬の樹林』は、水彩とペンによる大山遠景で森閑とした空間が広がる。寺島節郎は、日展で再度の特選を獲得したばかり。白線に水たまり『横断歩道』はアップした写実がかえって半抽象的な深い余韻となって、社会の閉塞(へいそく)感と孤独がそくそく。
同展は意識と意欲をもって長期展望を抱いているようだ。惰性を排した、厳しくも柔軟な展開を期待しよう。小品には親しみと粋な味わいもある。だが、平準化された展観ではやはり物足りない。完成よりも「新しい可能性」、安定よりも変化ある「発見」を。実力者ぞろいだけに、破綻(はたん)があろうとも問題提起する大作も望みたい。
(角秋勝治、鳥取市)
2008.11.22(土)日本海新聞掲載記事
■出品作家:
足立純子・入江康子・小倉伸夫・岸本章・坂野眞人・角護
谷繁淳子・寺島節朗・山本惠三・中尾廣太郎(事務局)
「ヴュVue」の英語や仏語は「視覚」「考察」、あるいは見解・意図を表す。それを片仮名と外国語でダブらせたのは、各メンバーが独自の「視点」で集合し、互いを刺激して「新しい可能性と発見で、精神性の高い作品」を目指すことを意味する。なんとも凝ったグループ名は、先年解消した「鳥取ミストラル」展を継ぐものであろう。
第一回展の出品は、鳥取県内の三十代から七十代まで、所属は行動・独立などの在野と日展系を含む幅広い十人。ただし抽象は一点、人物・静物が大半で風景も若干。8号までの小品に限定したのは、まず気負わずにスタートというところか。
抽象の足立純子は『ひらがな遊行』。仮名の題名は山本兼文の量感をそいだ逆説的彫刻『か行』を想起させるが、絵画は平面に空間や奥行きを呼び込むのがポイント。暖寒交錯の配色がとストロークで、仮名を母体とした動性が生まれた。「いろは歌を唱えて制作する」とは、むべなるかな。
静物は、瀟洒(しょうしゃ)で洗練された薫りの入江康子は『シンビジウム』、静かに内面をのぞく静謐(せいひつ)な坂野眞人『パンジー』、鮮烈な赤が釈迦(しゃか)の聖血という伝説にふさわしい山本惠三『カンナ』。花の美しさを風俗的に写すのではなく、各自の心情を込めた描写と細やかな筆触で、激しくも清らかな内奥を探る。
人物は、岸本章の長年のテーマ『鮫(さめ)と少年』が、水揚げされた獰猛(どうもう)な巨体と、ものおじしない子どもを対比させてたくましくも愉快。意味深長なのが複線で顔をダブらせたエスプリの角護『Look(眼差(まなざ)し)』。重層的な視点はグループ名にふさわしく、行方の定まらない現代の表徴といえよう。
谷繁淳子のもの思いふけるうつむきの『裸婦』像は、端正な描写で繊細な内省的情感を伝える。ただ真横のポーズは、工夫しないと単調になり難しいところだ。中尾廣太郎『紙風船』はライフワークの道化師シリーズ。二十代からテーマを追って三十年、年輪を加え、感情を抑えた滋味ある風ぼうとなった。
小倉伸夫『冬の樹林』は、水彩とペンによる大山遠景で森閑とした空間が広がる。寺島節郎は、日展で再度の特選を獲得したばかり。白線に水たまり『横断歩道』はアップした写実がかえって半抽象的な深い余韻となって、社会の閉塞(へいそく)感と孤独がそくそく。
同展は意識と意欲をもって長期展望を抱いているようだ。惰性を排した、厳しくも柔軟な展開を期待しよう。小品には親しみと粋な味わいもある。だが、平準化された展観ではやはり物足りない。完成よりも「新しい可能性」、安定よりも変化ある「発見」を。実力者ぞろいだけに、破綻(はたん)があろうとも問題提起する大作も望みたい。
(角秋勝治、鳥取市)
2008.11.22(土)日本海新聞掲載記事